形見とて何か残さむ

備忘録。雪のように消えるのが夢。

4の17

朝に日記を書いた方が義務感を感じないのでいいかもしれないです。一日の始まりに日記を書くというのも変な感じですが。

頭はおおむねボケボケなので、あまりまともなことは思い浮かびません。

世界の物理法則と因果律の順番について。世の中の物事を説明するために科学は発展してきたのだけど、科学の正しさを保証する存在の不在について。科学の正しさの保証は、根本的な部分は神が決めたことだから、で済ませてきた面があると思うのだけど、そこを否定したら今の物理法則の体系がただし理由は何になるのだろうか。現状で一番世界を正しく説明できているからなんて理由より、神様が世界を創ったという方が説得力があるような気がする。人間が直感的に正しいと感じていることが正しさの源なら、科学なんかより宗教の方がよっぽど直感的に正しいような気がするのだけれど。

もう一つ別の面から。科学は人間が世界を説明する方法なので、人間にとって正しくても人間以外にとっては正しくない可能性はある。林檎が落ちるのは重力があるからだと人間は思っているけど、それは林檎が落ちる理由を重力があると仮定した場合に最も正しく説明できているだけであって、もっと合理的に説明できる方法はあるのかもしれない。それなら、現状の科学はあくまで「今一番正しそうな説明」というだけだ。それは宗教が世界を説明するのとそんなに変わらないと私は思う。

世界を説明するための一つの方法に過ぎない「科学教」なのだと。

昨日知り合いにそんな話をしたのですが、あまり納得してもらえませんでした。

林檎が落ちるために重力が存在するという考え方は、多分この前やすみんの小説を読んだ影響です。